“仏陀の言葉”を訳してみた その9

タイ語の勉強に仏陀の言葉を訳してますが、もともとは口頭のお説教をそのまま文章にしているからか、前後のお説教内容がわからず意味がイマイチ理解できない時があります。
今回の仏陀の言葉もオンラインレッスンの先生に解説してもらいましたが、先生自体も一部理解できないと言っていたので、この訳で正しく理解できているのか自信がありません。 単語自体は日常単語なんですけど…。
1年後ぐらいにまた読み返して見たいと思います。でも、それって常に未来の自分は今よりマシって前提ですよね。冷静に考えると、この歳になると日本語も怪しくなってくるのに、外国語が上達するとも考えにくいんですが。

ป่า เป็น ธรรมชาติ
ˈpàa ˈpen ˈtham má ˈchâat
森はあるがまま

ธรมชาติ ไม่ได้ บอก ให้ เรา คิด เพ้อเจ้อ ฟุ้งซ่าน
ˈtham má ˈchâat ˈmây ˈdâay ˈbɔ̀ɔk ˈhây ˈraw ˈkhít ˈphə́ə ˈcə̂ə ˈfúŋ ˈsâan
あるべきすがたは我々に妄想しろとは語ってはいない

แต่ มนุษย์ ไม่ได้ ทำตาม หน้าที่ ตาม ธรรมชาติ
ˈtɛ̀ɛ má ˈnút ˈmây ˈdâay ˈtham ˈtaam ˈnâa ˈthîi ˈtham ˈtham má ˈchâat
しかし、人間は本来の役割に従っていない

คิดเก่ง คิดชอบ คิดไร้สาระ
ˈkhítˈkèŋ ˈkhítˈchɔ̂ɔp ˈkhítˈˈráy ˈsǎa ˈrá
巧妙に考え、好きな事を考え、夢想する

– หลางพ่อ เกษม เขมโก –

日本語Englishภาษาไทย発音記号
せん妄状態deliriousเพ้อเจ้อˈphə́ə ˈcə̂ə
空想の full of fanciesฟุ้งซ่านˈfúŋ ˈsâan
人間humanมนุษย์má ˈnút
従うfollowทำตามˈtham ˈtaam
役割assignmentหน้าที่ˈnâa ˈthîi
夢想するdream awayไร้สาระˈráy ˈsǎa ˈrá

先生の説明によると、いろいろ想像したり考えすぎると、現実をありのままに見られなくなって、有りもしない自分が想像で作り出した非現実への執着を生むから良くないらしい。初期仏教の教えは諸行無常を受け入れる事が重要だから、ありのままの現実を正しく認識して受け入れなさいと言うことらしい。
やっぱ、わかんなーい! でもここでタイ語学習やめちゃったら、残されたのは奇妙なタイ語風発音の英語だけになっちゃうからがんばるよ。